『ネット、その便利な様で不便な物』(2005.10.14金曜日)
いきなり、こんな話題でこのページを綴るのもなんだが、私は映画を観るのが大好きである。否、大好きと言うのは少々大げさかも知れないのは、ビデオが家に入る24年前(1981年)までは、テレビのほとんどの映画劇場は必ずと言って良いほど見ていたし、自分で働くようになり、ビデオデッキを買うと、レンタルビデオ店に行き、気になったり、昔観て心に残っている映画のダビングをしたり、13年前(1992年)に、BSチューナーを買ってからは、画像がきれいなBSの映画劇場を片っ端から録画したりして、ピーク時で年平均100本近くは観ていて、それを20年ぐらいくり返していたと思う。だが、5〜6年前からほとんど観なくなった。その原因は精神的に余裕がなくなったり、衛星放送になってから、片っ端から録画する物だから、見る見る内に未見のビデオテープが増えていき、観ない内に新しい作品を録画して行き、どんどん溜まっていくという悪循環をくり返していき、いい加減嫌気がさして、録画するのも、観るのも停止した次第なのだ。
だが、最近、それらのビデオを整理したり、観て行く作業を少しずつ始めた。中でも、自分でも録画した事をすっかり忘れている作品の多いことに、自分でも驚いてみたりする。ほとんどは洋画であるが、日本映画もそこそこある。
戦前の日本映画を観ていて、気になったりする俳優がいると、『IT時代』などと囁かれている昨今だが、私の身の回りでの普及率はサッパリであるので、「郵便に変わる媒体」などともてはやされてはいる物の、全然、当てにはしていないし、まだ、その様な用事があれば、手紙かハガキで事足りるので、郵便が民営化されて値上げされたり、無くなったりするのは、あまり使わないとは言いながらも、結構困った物がある。確かに友人たちとメールで連絡を取り合ったりするのは利便性から言えば便利な事この上ない反面、礼状といった手紙などは、肉筆でないので、心というか、精神的な物が先方に伝わらないといった部分もある。
それはさておき、戦前の映画を観ていて、気になる俳優がいたので、その人の履歴、作品、生没年月日をインターネットで調べようとする。作品は Japanese Movie Database でプレスシート、ポスターなどの宣伝材料に掲載されている分だけだが、容易に調べる事が出来る。生没年月日は Catalysis 〜ストローワラの情報交差点で、主演者、監督などまでなら調べられる。だが、シナリオライターや脇役俳優に関しては調べられないので、どうしても、25年前(1979〜1981)にキネマ旬報社から発売された『日本映画俳優全集 男優編』、『日本映画俳優全集 女優編』に頼らないといけない。外国映画だと 海外映画俳優マガジン がおすすめで、生没年月日が記載されていて、このページのリンクをたどっていけば、海外の『俳優名鑑サイト』(英語)に行く事が出来て、その俳優の履歴や最新出演作までわかってしまう便利さには驚いてしまう。例えば、昔大好きだったテレビシリーズの主人公役だったが、その後、日本に新作も来なくなって、消息がわからない俳優がいたとする。で、このサイトにアクセスしてみると、英語の翻訳ソフトを駆使しながら、その人の履歴を知り、日本では観る事が出来ないけれど、コンスタンスに活躍している事がうかがい知れたりするのは、かつてのファンとしてはとても嬉しかったりする。だがしかし、日本にはそういった便利なサイトがないのが現状のようである。
私がかつて運営していた『猪名川タイムズ』は戦前のナツメロを中心に、歌謡曲を自分なりに研究して、昭和40年代に私が初めて聴いた頃の世相や、感覚的な感想を述べていて、一部の方々からお褒めの言葉を数多くいただいたのだが、なぜ、『猪名川タイムズ』が、受け容れられたのかは、その曲に対しての思い入れから出発している物の、詩人、作曲家、歌手、時としては編曲家に至るまでの人々に対しての、履歴を評伝、自伝、音盤などから検証して、自分なりに解釈して、成果をあげたとはとても言えないながら、ご好評をいただき、時折、本誌に登場した作家たちのご遺族や関係者の方々からメールをいただき、さらに誌面に活かす事も出来たのは、楽しい思い出ではあった。
だが、その反面、逮捕歴、私生活に関する事、故人(作家たち)に対する誹謗中傷も若干あり、それらを公表するわけにはいかなかった事などもあり、あと、かなり困ったのが、一作家に関する質問で、その都度、図書館に行ったり、CDの解説書を参考にしたり、その解説者が健在だと知ると、ツテや著書を辿って連絡先を確認して、電話で質問をした事もあったが、実際問題、ネットが拡がりを見せると、あまりにも無責任な依頼者が増えてきて、サイト運営の初志と熱意が失せて来たり、私自身の生活にも変化や問題があり、サイトに対しての愛情、興味が次第に失せてきたので、今回の様に、自分の好きなことだけを書いていくサイトに変更した。
少し、話は横道に逸れてしまったので本題に戻そう。例えば、私は検索エンジンは主に『google』 をよく使うのだが、以上の様な事から、どうしても出ない事の方が多い。
例えば、『高瀬実乗』(1890=明治23年12月13日〜1947=昭和22年11月19日)というコメディアンについて知りたいとする。元々は正統な舞台、映画俳優だったが、昭和10=1935年頃にコメディアンに転身。この人は漫画みたいなメイクをして「アノネ、オッサン、わしゃカナワンヨ」というギャグを大流行させ、数多くの映画にコメディリリ−フ(お笑い要員)として活躍し、その気持ち悪いのに面白い、2005年の現代風でいうと『キモカワ(気持ち悪いのに可愛い)』なキャラクターで一世風靡して、日本中の子供を中心とするファンの間で絶大な人気を誇った(戦前生まれの父親や、父と同年輩の方々の証言)。だが、私が生まれた年に発表されたテレビアニメ『ハクション大魔王』(タツノコプロ)の主人公の決めギャグが「アノネ、オッサン、わしゃカナワンヨ」で、主人公を演じた大平透(1929=昭和4年生まれ、『スペクトルマン』のキャップ役や、『笑うせぇるすまん』で知られる)が、当時、高瀬実乗に夢中になった子供の一人だったからだろうと推測出来、没後20年にしてギャグは甦った。だが、高瀬氏の事を調べる事はインターネットでは、先に書いた出演作ぐらいしかわからないので容易ではない。と、書いた所で調べてみると『はこだて人物誌』 という函館市役所のホームページの中で詳しく紹介されていました。
他にもまだまだあるのだが、これはほんの一例である。アクセス解析をしていて、キーワード検索(どの様な言葉でサイトにたどり着いたのか調べることが出来る)で見てみると、かつては漫画やお笑いのエッセイも書いていたので、作家の名前とか、芸人の名前が多いのだが、意外と多かったのが、ナツメロの作家たちの個人名や、作品名なども多かった事を書いておかなければならないだろう。
私の場合はそうなのだが、例えば、そういった興味の入口みたいな物が見つかれば、その人物や事柄にのめり込むタイプであり、納得するまで突き詰めて追求する。たとえ、わかったことが少なかったとしても、そこから自分なりに調べてまとめて公表したりするのは、こういった歴史系ホームページをする上では義務とまでは押しつけたくないが、必要事項の様な気がしてならない。
ネットは確かに時として、知識の泉足るべき時もある反面、意外と肝心なことがわからない事が多い。確かにメールなどの利便性、サーバにデータをアップロードした瞬間、同じ速度でURLを打ち込めば、全世界に情報が届く事や、商品を注文購入したり、データを送ったりする際は、とても便利だと思うのだが、セキュリティの問題もどの程度信用出来るのか、まだ不明な部分が多いのも否定できない。最近では「あると便利だけれど、ないと、特に不便という事もない…」と感じだしているのも確かである。